相続手続
認知症の人が相続人になる場合の問題点と解決法とは?
認知症は65歳以上の人口の約6人に1人の割合であり、日本人の人口に換算すると17人に1人が発症するとも言われている病気です。認知症を発症している場合には、民法上の判断能力がないと判定されるケースもあります。
そのため相続人が認知症である場合に、どのような問題があるか疑問に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。本記事では相続人が認知症となった場合の問題点や解決方法を紹介します。認知症の相続人がいらっしゃる方はぜひ参考にしてください。
目次
認知症の相続人がいる時の問題点
相続人に認知症の方がいる場合の問題点は2つ挙げられます。
判断能力がないと遺産分割協議ができない
相続人が認知症を発症しており、判断能力がないと判定される場合には、遺産分割協議を行うことはできません。遺産分割協議は相続人全員で話し合い、遺産の分割方法について同意していることが条件です。
しかし判断能力がない方は適切な意思決定ができないため、遺産分割協議が成り立たないとされています。判断能力がない方を除いて遺産分割協議を行ったとしても法的効力はなく、法定相続人全員の合意が必要です。
遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成しなければ財産を相続することはできません。
そのため相続人に認知症などで判断能力がない方がいらっしゃる場合には、後ほど紹介する成年後見人制度を利用するようにしましょう。
親族でも認知症の相続人の代理人になれない
相続人の中に認知症の方がいるため、親族の中で代理人を決めて遺産分割協議ができないかと思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。
結論としてはできません。代理人を選定する場合は、本人の意思が重要となりますが、認知症の方は適切な意思決定ができないと判断されてしまいます。そのため親族であっても認知症の相続人の代理人になることは不可能です。
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遺産分割のために成年後見人制度を利用する
相続人に判断能力がない方がいる場合は遺産分割協議ができません。しかし成年後見人制度を利用すれば遺産分割も可能です。次の項で詳しく解説します。
成年後見人制度とは
成年後見人とは認知症や知的障害など十分な判断ができない方に代わって以下の項目に関する行為を行うことができる人を指します。
- 相続財産の名義変更
- 遺産分割
- 生活費の支払い
- 施設などの入居契約
- 不動産の売却・管理
- 預貯金の管理など
成年後見人制度には「任意後見制度」と「法定後見制度」の2つあります。任意後見制度は認知症となる前に、本人から後見人を選定できる方法です。
一方法定後見制度はすでに認知症を患っている方の場合、本人の意思判断ができないために家庭裁判所が専任者を決める方法です。一般的には弁護士や司法書士が後見人になるケースが多いです。
また後見人の選定は申し出から4か月~6か月ほどの時間がかかります。そのため相続発生後は即座に行う必要があるでしょう。
成年後見制度のデメリット
成年後見人制度を利用することで、判断能力がない相続人がいる場合でも遺産分割を行うことが可能です。一方で成年後見人制度にはデメリットもあるためご紹介します。
判断能力がない方の法定相続分財産を確保する必要がある
成年後見人制度を利用して遺産分割協議を行う場合、判断能力がない方の法定相続分財産を確保しなければいけません。
例えば5,000万円の財産を判断能力がない認知症の配偶者と長男、次男で分けると仮定すると以下の表の通りの財産を確保する必要があります。
法定相続人 | 法定相続割合 | 相続する財産額 |
配偶者(認知症) | 1/2 | 2,500万円 |
長男 | 1/4 | 1,250万円 |
次男 | 1/4 | 1,250万円 |
上記の通り配偶者の法定相続割合は相続財産の50%となるため、2,500万円分の財産額を確保する必要があります。しかし財産には現金以外に不動産など、今後も運用や管理をしていく資産もあります。
特に賃貸物件などの不動産の運用は、認知症の方には運用が難しいため、長男または次男が相続することが望ましいでしょう。その場合は長男と次男で2,500万円に相当する代償金を配偶者へ支払うことで不動産を相続することが可能となります。
後見人には弁護士などの専門家が選ばれる可能性が高い
後見人制度は認知症になったと判断されてから利用する方が多いため、「法定後見制度」の適用が多くなります。法定後見制度は家庭裁判所が選任者を決め、不服申し立てはできません。
一般的に認知症は生活面の課題や財産管理だけでなく、法律上でも困難なことが多いため、弁護士などの専門家が選ばれるケースが多いです。もちろん親族が選ばれることもありますが、ここ数年の傾向では専門家の割合が増えてきています。
後見人には毎月報酬が発生する
専門家に後見人になってもらう場合は毎月費用が発生します。家庭裁判所からの専任者とはいえ、弁護士や司法書士にとっては後見人も仕事の一環ですから毎月報酬額を支払わなければいけません。
費用は裁判所の判断によって異なるものの、おおよそ2万円〜3万円前後が一般的です。ただし、認知症になった方の保有財産が大きいと、管理する手間も増えるため報酬額は増額します。
また後見人制度は原則途中でやめることはできません。もちろん判断能力が回復したと認められる場合はこの限りではありませんが、一度認知症になると回復は難しいため、亡くなるまで報酬額を支払うことになります。
遺産分割協議を行わずに相続する場合のデメリット
基本的に遺産分割協議を行わないで相続することはできません。ただし、2021年の民法改正により、相続発生時から10年経過した遺産分割は法定相続分に則って行うというルールが定められました。
とはいえ、10年間遺産分割協議を行わないということは現実的ではないため、早期に成年後見人制度を利用して協議するのが一般的な流れです。
ここでは遺産分割協議を行わないデメリットを紹介します。
預金口座が相続手続き完了まで凍結される
被相続人の預金口座は相続が発生した段階で凍結となり、誰であっても引き出すことはできません。口座の凍結を解消するためには遺産分割協議書で預金口座を相続した証明書が必要となります。口座を利用するには遺産分割協議が完了しなければなりません。
ただし、被相続人の預金口座から相続人の生活費を補っていたなどのケースもあるでしょう。
その場合、預金の仮払い制度を用いることで、「150万円まで」または「残高×1/3×法定相続割合」のいずれか低い額を上限として引き出し可能です。また他の相続人の同意も得る必要もありません。
不動産が共有名義になる
遺産分割協議ができない場合の不動産は、認知症の方を含めた相続人全員の共有名義となります。相続人それぞれが不動産の持分を所有します。しかし、将来不動産の有効活用として売却や建て替えなどを行おうとしても、認知症の方の同意が得られないため活用できなくなります。
持分に関しては売却することが可能ですが、他の名義人に認知症の方がいるということで自由度が低くなるため、買い手が見つかりにくくなります。
節税のための特例が使用できない
相続税には控除や特例などさまざまな種類があります。そのうち「配偶者控除」と「小規模宅地等の特例」は大きな節税効果が見込めますが、判断能力がない相続人がいる場合、遺産分割協議ができないため、使用することができなくなります。
配偶者控除 | 配偶者は1億6,000万円または、配偶者の法定相続分の高い方まで相続税を無税にできる控除制度 |
小規模宅地等の特例 | 土地の評価額を最大80%下げる特例 |
上記の2つは相続税の納税額を大きく圧縮する制度です。しかし遺産分割協議が完了していないと使用することはできません。
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65歳をきっかけに任意後見制度を利用する
他の相続人の負担を減らすために、認知症になる前に任意後見制度の利用をおすすめします。相続が発生してから後見人制度を利用すると、手続きに時間がかかり、相続の申告期限までに手続きが完了しない可能性もあります。
申告期限が過ぎると延滞税や特例が使えないなどのペナルティが発生します。そのため認知症になる前に後見人を決めておくことで相続発生後すぐに遺産分割協議を行うことも可能となり、スムーズに相続税の申告と納税が可能となるでしょう。
まとめ:認知症の方への相続は早めに準備を
今回は相続人が認知症の方であった場合の問題点や解決方法を紹介しました。認知症の方が判断能力がないと判定されると、遺産分割協議書を行うこともできないため、相続手続きが進まなくなります。
相続は、被相続人の死後10か月以内に申告と納税を行わなければいけないため、成年後見人制度を使用して早期に手続きしなければいけません。
成年後見人制度はすぐにできるものではないため、相続発生後すぐに手続きを始めるか、65歳をきっかけに任意後見制度を利用することが望ましいです。
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