相続放棄
相続放棄の取消しや撤回はできる?条件や期限、注意点を解説
亡くなった家族に借金があったことを知っていたので相続放棄をしたものの、あとから多額の財産が見つかった場合、相続放棄を取り消すことはできるのでしょうか。
相続放棄は裁判所を通した公的な手続きです。特別な理由なしで取り消しや撤回はできませんが、後から相続放棄の取り消しができるケースも一部あります。
この記事では、相続放棄を取り消しできるケースや期限、取消しの手順や注意点について、わかりやすく解説していきます。ぜひ最後までご一読ください。
目次
相続放棄は取消しができる?
相続放棄後に、「相続放棄したことをなかったことにしたい」と考えた場合、「撤回」「取消し」という2つの選択肢があります。
また、相続放棄の手続きが完了していない状態であれば、相続放棄の「取下げ」が認められるケースもあります。
まずは、相続放棄の撤回・取消し・取下げの違いについて、相続放棄の取り下げについてわかりやすく解説していきます。
相続放棄の「撤回」と「取消し」の違い
手続き | 概要 |
撤回 | 問題なく相続放棄が完了したにも関わらず、相続放棄の効力を将来にわたって解消すること |
取消し | 手続きに何かしらの問題があったため、相続放棄時点にさかのぼって効力を消失させること |
撤回と取消しには上記のような違いがあります。
撤回を考える際の例としては、自分の意思で相続放棄をしたものの、あとから多額の財産があることが発覚したため、やはり相続放棄の申述をなかったことにしたいと考える場合などです。
このような相続放棄の撤回は、法律により禁止されています(民法919条1項)。
つまり、一度でも相続放棄の申述が認められてしまったら、基本的にあとから相続放棄を撤回することはできません。
一方、取消しは、相続放棄手続きに問題があったため、相続放棄時点に遡って効力を消失させることを指します。
たとえば、被相続人の兄弟が遺産を総取りするために、被相続人の子どもを脅迫して相続放棄をさせた場合、その子どもは自分の意思で相続放棄をしたとはいえません。
このケースにおいて、あとから相続放棄がなかったことにしたいと考える場合は、相続放棄の「取消し」に該当します。
取消しは、必ず認められるものではありませんが、例に挙げた脅迫されたケースのように、
一定の事由が認められれば認められる可能性があります。
【参考】民法|e-Gov法令検索
相続放棄には「取下げ」もある
相続放棄の効果をなかったことにする行為としては、「撤回」と「取消し」のほか「取下げ」があります。
取下げとは、家庭裁判所に相続放棄の各種書類を提出したあと、その申述が受理されるまでの間に手続きを中止することです。
正式に受理される前であれば、基本的にいつでも取下げをおこなえます(家事事件手続法82条1項)。
取下げは、相続放棄の申述をした家庭裁判所に取下書を提出します。
取下書の形式はとくに決まっていません。
裁判所によっては、取下書の雛形を用意している裁判所もあります。
相続放棄は、裁判所が提出書類を精査したり、申述人が照会書を記載したりする必要があることから、通常申述が受理されるまでには1ヶ月月程度の時間がかかるため、この審査期間内であれば取下げが可能です。
相続放棄の取消しができるケース
相続放棄の取消しは、以下のような理由がある場合に認められる可能性があります。
ケース1.未成年や成年被後見人等が単独で相続放棄手続きをおこなった場合 ケース2.錯誤により相続放棄してしまった場合 ケース3.詐欺や強迫により相続放棄を強要された場合 |
相続放棄を取消したいと考えている方は、取消しが認められる条件に当てはまるのかをまずはご確認ください。
ケース1.未成年や成年被後見人等が単独で相続放棄手続きをおこなった場合
未成年や成年被後見人など法律上の判断能力がないとみなされている者が、単独で相続放棄の申述をおこなった場合は、あとからでもその申述を取り消せます。
判断能力に問題があったり、経験の乏しさなどから、単独で法律行為をおこなえないとされている者を、法律上「制限行為能力者」と呼びます。
まだ経験も知識も乏しい未成年者や、認知症や重度の知的障害を持っている人などは、周りの手助けなしに自分の判断で法律行為をおこなうと、本来手放すべきではない権利や利益を失ってしまう可能性が否めません。
そのため、制限能力者を保護するための制度として、未成年者や成年被後見人が単独で相続放棄の申述をした場合には、あとからその申述を取り消すことを認めているのです。
制限行為能力者の種類や、制限行為能力者がした相続放棄に同意できる者は、以下のとおりです。
制限行為能力者 | 概要 |
---|---|
未成年者 | 18歳未満の者 |
成年被後見人 | 精神上の障害により判断能力を欠くとして、家庭裁判所から後見開始の審判を受けた者(重度の認知症など) |
被保佐人 | 精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分として、家庭裁判所から保佐開始の審判を受けた者(中軽度の認知症など) |
被補助人 | 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分として、家庭裁判所から補助開始の審判を受けた者(軽度の認知症など) |
なお、制限行為能力者を原因とする取消しが認められるのは、制限行為能力者の能力が回復してから6ヶ月以内、もしくは相続放棄から10年以内と定められています(民法919条3項)。
【参考】民法|e-Gov法令検索
ケース2.錯誤により相続放棄してしまった場合
相続放棄をした人の錯誤によって手続きをしてしまった場合には、取消しが認められる可能性があります。
相続放棄の申述に錯誤がある場合、申述人の意思で相続放棄をしたとはいえないためです。
錯誤とは、意思表示に対応する意思を欠いている状態や、意思表示の動機に関する認識が真実に反している状態のことを指します。
簡単にいえば、勘違いや思い違いで相続放棄をしてしまった場合です(民法95条1項)。
実際にはそうでないにもかかわらず親族が誤った認識による発言を信用してしまい、「被相続人には多額の借金があり、ほかに相続すべき資産はない」と思い込んで相続放棄をしたケースなどが該当する可能性があります。
ただし、錯誤があれば必ずしも相続放棄の取消しが認められるわけではなく、さまざまな事情を総合的に考慮したうえで、取消しを認めるだけの理由があるかが判断されます。
たとえば、専門家に依頼して入念な財産調査をしたにもかかわらず相続財産が見つからなかったなどの事情があれば錯誤があったと認められる可能性があります。
しかし、実際には、錯誤の証拠がないケースも多く、取消しの原因となる事情を適切に主張するのが難しいことも珍しくありません。
錯誤による取消しを望むのであれば、専門知識を有する専門家の力は、必要不可欠といえるでしょう。
【参考】民法|e-Gov法令検索
ケース3.詐欺や強迫により相続放棄を強要された場合
ほかの相続人や第三者に騙されたり脅迫を受けたことが原因で、本当はしたくないにもかかわらず相続放棄をしてしまった場合には、取消しが認められるケースがあります(民法96条1項)。
この場合も、本人の意思で相続放棄をしたとはいえないためです。
たとえば、ほかの相続人が、あなたに相続放棄させて自分の相続財産を増やすことを目的に、「被相続人は生前多額の借金をしていたから、相続放棄をしたほうがいい」といわれて相続放棄してしまったケースが当てはまります。
この場合は詐欺行為による相続放棄として、取消しが認められる場合があります。
また、ほかの相続人から「相続を放棄しなければ、家族に危害を与える」などと脅されて相続放棄したケースであれば、強迫による相続放棄として取消しを認めてもらえるかもしれません。
【参考】民法|e-Gov法令検索
相続放棄の取消しができる期限
相続放棄の取消しができる期間は、「追認できるときから6ヶ月以内」もしくは「相続放棄が受理された日から10年以内」とされています(民法919条3項)。
「追認できるとき」とは、取消原因が消滅し、かつ取消しができると知ったときを指します。
ほかの相続人に騙されて相続放棄したのであれば、騙されていることがわかり(取消原因である騙されているという状況が消滅した)、相続放棄の取消しができると知ったときから6ヶ月以内です。
なお、期限を過ぎると取消権は消滅して、前の章で説明したケースに該当しても相続放棄の取消しは認められない可能性が高くなります。
【参考】民法|e-Gov法令検索
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相続放棄を取り消す際の手順
相続放棄の取消しをする際の手順や流れは、以下のとおりです。
手順1.家庭裁判所に必要書類を提出する 手順2.家庭裁判所によって取消しの審査がされる 手順3.相続放棄取消申述が受理される |
スムーズに手続きを進めるためにも、おおまかな流れをしっかり把握しておくようにしましょう。
手順1.家庭裁判所に必要書類を提出する
相続放棄の取消しは、家庭裁判所に必要書類を提出しておこないます。
取消しの申述先は、相続放棄の申述をおこなった裁判所(被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所)です。
ほかの裁判所に申述した場合、管轄裁判所に書類を転送してもらえるか、場合によっては取下げの手続きや別途申述し直す必要があるため、余計な手間がかかります。
相続放棄取消しの申述をおこなえるのは、相続放棄の申述をした相続人、もしくはその法定代理人です。
相続人であれば誰でも取消しをおこなえるわけではありません。
また、相続放棄の取消しの際に必要となる主な書類は、以下のとおりです。
● 相続放棄取消申述書 ● 相続放棄した者の戸籍謄本 ● 被相続人の戸籍謄本 ● 相続放棄申述受理証明書 ● 収入印紙(800円) ● 返信用郵便切手 |
場合によっては、裁判所から取消原因があったことの証拠を提出するように求められるケースもあります。
確定的な証拠がなくても、できる限り取消原因があったことを推測できるような証拠を集める必要がありますが、どのような証拠であれば取消しを認めてもらえるかは、専門的な判断が必要です。
相続放棄の取消しが認められる可能性を少しでも高めるためには、専門家に相談・依頼することが望ましいといえるでしょう。
手順2.家庭裁判所によって取消しの審査がされる
家庭裁判所に申述をおこなうと、提出された書類をもとに取消審査がおこなわれます。
書類審査が原則ですが、場合によっては家庭裁判所から呼び出されて質問を受けたり、郵送にて質問状が届いたりするケースもあります。
これは、家庭裁判所が、取消しの手続きに至った経緯や事情を確認するためにおこなわれるものです。
質問の内容に適切な回答ができなかったり、嘘が発覚したりした場合、取消しが認められない可能性があるでしょう。
手順3.相続放棄取消申述が受理される
審査の結果、相続放棄の取消しが認められると、家庭裁判所から「相続放棄取消申述受理通知書」が届きます。
この書面が届けば、取消しの手続きはすべて終了です。
相続放棄取消申述が受理されると、「最初から相続放棄はおこなわれなかった」ものとして扱われます。
つまり、その時点から、遺産を相続できる権利が復活することとなるのです。
ただし、相続放棄が取り消されたからといって、すでにまとまった遺産分割協議の内容や、相続放棄を前提におこなわれた相続財産の処分が、無条件に取り消されるわけではありません。
遺産分割協議をやり直して相続財産を引き継ぐためには、ほかの相続人の協力が不可欠です。
なお、相続放棄の取消しが認められなかった場合、家庭裁判所から「不受理通知」が届きます。
この決定に不服がある場合は、高等裁判所に即時抗告を申し立てることで、再審査をしてもらえます。
相続放棄の取消しをおこなう際の注意点
相続放棄の取消しをする場合、次の2点に気をつけましょう。
注意点1.必ずしも取消しができるとは限らない 注意点2.遺産分割協議などをやり直す必要がある |
それぞれ解説していきます。
注意点1.必ずしも取消しができるとは限らない
相続放棄取消しの申述は、期限内であればいつでもおこなえますが、必ずしも取消しが認められるとは限りません。
相続放棄の取消しが認められる可能性は、決して高くはありません。
たとえ、相続放棄の取消しをできるだけの理由があったとしても、それを確実に証明できる証拠や、相続放棄の意思決定において重大な影響を及ぼしたといえるだけの根拠がないケースも多いためです。
取消しが決まる前からほかの相続人に対して遺産分割協議のやり直しなどを主張していると、取消しが認められなかった場合にトラブルとなる可能性がありますのでご注意ください。
取消しが認められる可能性をできる限り高めたいのであれば、相続に関する法律や裁判例などの専門知識に詳しい専門家にサポートしてもらうことをおすすめします。
注意点2.遺産分割協議などをやり直す必要がある
相続放棄の取消しが認められた場合、すでにまとまった遺産分割協議などをやり直さない限り、相続財産を引き継ぐことはできません。
遺産分割協議は、相続放棄した者を除いた相続人全員の協議でまとめられるものです。
相続放棄の取消しが認められたら、相続放棄は最初からなかったものとして扱われるため、相続する権利が復活することとなります。
そのため、当初の遺産分割協議は無効となり、再度相続人全員で、相続財産の分配方法について話し合う必要が出てきます。
遺産分割協議のやり直しや、相続財産の引き渡しについては、当然ほかの相続人の協力なしではおこなえません。遺産分割をやり直すとなると、一度した不動産の登記をやり直したり、税法上の問題が出てくるケースもあるので、ほかの相続人からすると余計な手間がかかります。
もし、ほかの相続人の協力が得られない場合には、裁判上で争わなくてはいけない可能性も出てくることを、あらかじめ頭に入れておきましょう。
相続放棄を取り消すことがないようにしておくべきこと
ここまでは、相続放棄の取消しをしたい場合の対応について解説してきましたが、ここでは、最初に相続放棄をする際に取消しを検討する自体を防ぐために気をつけたい4つのことを紹介します。
1.相続財産調査を徹底的におこなう
相続放棄の取消しをするような事態を避けるためには、手続きに進む前に、相続財産の調査をしっかりとおこない、相続放棄するか否かの判断を適切にすることが重要です。
預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産がどれくらいあるのかを確実に把握しておけば、あとから相続放棄を取り消すような事態にはなりにくいでしょう。
2.限定承認を検討する
「限定承認」と呼ばれる手続きを利用すれば、相続放棄の取消しになるような事態を避けやすくなります。
限定承認とは、被相続人のプラス財産の範囲内でのみ、マイナス財産を引き継ぐ相続手続きです。
財産調査をしたものの、資産と借金のどちらが多いのかわからない場合もあるでしょう。
もし、相続放棄をしたあとに多額の財産があることが発覚した場合、すべての財産を放棄することで損をしてしまう可能性があります。
とはいえ、相続財産の全貌がわからない状態で相続をすると、プラスの財産よりもマイナスの財産の方が大きくなってしまうリスクも考えられます。
その点、限定承認であれば、相続によって得たプラスの財産の範囲内でのみマイナスの財産を引き継ぐこととなるので、マイナスの財産がどれだけあっても相続財産全体で損をすることにはなりません。
この限定承認をしておけば、あとあとプラスの財産が多かったから相続放棄を取り消したい、という事態を避けられるのです。
3.状況に応じて熟慮期間伸長の申立てをおこなう
相続放棄の熟慮期間である3ヶ月が迫っても被相続人の財産状況がつかめず、相続放棄の判断がつかない場合には、熟慮期間伸長の申立てをおこないましょう。
前述したように、相続放棄は「自己のために相続開始があったことを知ったときから3か月以内(熟慮期間)」におこなわなければならないのが原則です。
しかし、相続財産の所在が明らかではなかったり、不動産や株、暗号通貨など財産の構成が複雑だったりした場合、3ヶ月では財産調査が終わらない場合もあります。
この場合、一か八かで相続放棄をすると、後から「取消しをしたい」となってしまう可能性がありますので、家庭裁判所に熟慮期間を伸長(延長)を申立てましょう。
申立てを行えば、3ヶ月が経過した後も相続放棄が認められる可能性があります。
4.専門家に相談する
相続放棄に関しては、専門的な判断を伴うことが少なくありません。
あとから手続きを取り消すような事態を避けるためにも、財産調査やそもそも相続放棄すべきか否かの判断を含め、はじめから専門家に依頼することをおすすめします。
相続手続きに精通している専門家であれば、財産調査から相続放棄の申述、場合によっては相続放棄の取消しまでをスムーズに進めることが可能です。
また、先述したように、相続手続きの取消しが認められるのはかなり珍しいケースといえます。
取消しの可能性を少しでも上げたいのであれば、専門的な知識やノウハウを持っている専門家に相談・依頼することが必須といえるでしょう。
まとめ
相続放棄では、以下の事情があった場合に後から、相続放棄の取消しが認められる可能性があります。
1. 未成年や成年被後見人等が単独で相続放棄手続きをおこなった場合 2. 錯誤により相続放棄してしまった場合 3. 詐欺や強迫により相続放棄を強要された場合 |
これらが原因で取消しの申立てをおこなう場合、取消原因となる事実があったことを主張する証拠や専門知識が求められます。
相続放棄の手続きをスムーズに進めたい、相続放棄の取消しが認められる可能性を少しでも上げたい、と考えるのであれば、相続手続きに精通している司法書士などの専門家に相談しましょう。
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